飲食店に入った瞬間に私の運命はほぼ決まると言って過言ではない。爪楊枝袋に命を燃やす者は、全身全霊をかけてその店に爪楊枝袋があるかどうかを察知せねばならない。ショーケースを覗き込むフリをしながら、外に置いてある店の名刺や宴会のご案内などにも目を配り、入り口近辺にいる店員の立ち居振る舞い、出入りする客の質等もチェックする。そして、最終的には己の勘を信じてお店に踏み込むのである。
しかし、せっかく入った店にも、目指すべき爪楊枝袋がある事はまれであり、発見した時には「もしかしてここは約束の地なんじゃないだろうか」などと意味不明な事まで思ってしまう始末だ。ちなみに、今日はフられた場合、即ち見つからない場合の事を書くので、そこが約束の地であろうがなかろうが関係ない。
●フられ方其の壱
何も無かったフリをして踵を返したくなるのが、このフられ方だ。バレーで言うと「ツーアタック」だ。なんでバレーに例えるかと言うと、ただ単に自分が好きだからだ。即ち、のれんをくぐったその先に見える、レジの側に素っ気なく置かれた爪楊枝立てとそこに刺さる裸の爪楊枝(鉛筆立て型)を見てしまうパターンだ。さて、どうブロックしようかと考えていると、セッターにポトリと落とされてしまう、そんなどうしようもない悔しさと空しさが何とも言えない。願わくば間違えたフリか何かをして外に出てしまいたい。そんな衝動に駆られるが、そのような勇気も無く、店員にそのまま連行され、席に着かされてしまうのである。
こんなマニアックな例え方をして、果たして人が着いてこられるのか非常に疑問であるが、そもそも非常にマニアな事を書いているので、もともと僕の独走状態だろう・・・。
●フられ方其の弐
テーブルに何らかの形で爪楊枝は置かれているが、裸であるかあるいは汎用爪楊枝袋が入っているパターンだ。バレーに例えればクイックである。バレーの醍醐味であるラリーをするまでも無く、わずか数秒の間にケリを付けられてしまう。裸の爪楊枝が置いてあるならばまだしも、爪楊枝袋ゲット!と見せかけて、汎用爪楊枝袋というパターンは特に悪質であり、例えるならば時間差攻撃である。
そして、このあとの食事に対するモチベーションが限りなく低い事は言うまでもない・・・。
●フられ方其の参
レジで爪楊枝を見かけてしまう事なく着席はしたは良いが、爪楊枝袋が見あたらないのがこのパターンである。バレーで言えば、ラリーの末に破れるような物であるが、バレーと違い、このパターンに持ち込まれた場合勝利(爪楊枝袋入手)はほぼあり得ないパターンであり、結局はテーブルに爪楊枝袋がなかったら敗北であると考えた方が良いのである。
このパターンの場合、悪あがきとも言えるが、店員に「爪楊枝(袋)ありますか」と尋ねる。もちろん、(袋)の部分は本来声を大にして言いたいが、世間体を考え( )付きとし、発声も自信の心の中にとどめる。この場合は、さらに細かく3つのパターンに分かれる事が予想できる。一つは、「申し訳ございません。生憎と当店ではご用意しておりません」と言われるパターン。二つめはあるにはあるが、鉛筆立て型、あるいはくじ引き型タイプの爪楊枝入れをドンと目の前に置かれるパターン(店員は大概、「余計な仕事増やしやがって」という態度)。これは、店側の「ただ単に節約」という目的のみが目立ってしまい、そもそものサービスという点でも好ましくなく、一番爪楊枝袋ファンの心を逆なでする。3つ目が汎用型爪楊枝袋をうやうやしく持ってくるパターンである。ここまで来ると俄に期待してしまうような事もなく、淡々と「ありがとうございました。(→ 棒読み -_-)」と言うだけであるが、それを言うのですら、非常に億劫になるのもまた事実である。
冷製に考えると、爪楊枝に袋なんてあっても無くてもいいよな、と思う今日この頃。いやいや。そんな事を言ってはいかん。爪楊枝袋は世界にシーハーシーハーの心を届ける、心優しきユニセフ親善大使の様な物なのである。シーハーシーハーって何だ・・・。
ちなみに、文章にまとまりがなく、テーマが散逸している点についてはタダ単に、書いている人間が眠いだけだ。
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●尋ねても用意していなかったダメなお店
・ スターバックスコーヒー